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ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
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4月8日
お釈迦様の生まれた日
予定日より3日過ぎて
私の体が二つになりました。

はじめは無痛で予定分娩でしたが
そうそううまくいかず、誘発を二日間連続でかけても陣痛が来ず
4日入院して5日目に退院しました。

ところが、退院したその日の夕方から陣痛が起き
夜中の10時まで我慢して病院へ。
カテーテルを入れられる先生が不在とのことで
朝まで先生をまつこと9時間。
硬膜外麻酔のカテいれて(というか、初めの入院の時に
入れたのですが退院の時抜いてしまった)
陣痛をひたすら待つ。

その後、高位破水をしていたことに助産師さんが気づき
そこから促進剤が加わり、一気に陣痛の痛みが加速。

午後になって分娩室に移動して
普通分娩の予定が(麻酔ありの)、産道の一番狭いところで
胎児の回転が止まってしまい、(回転しないと出てこない)
胎児心拍が下がっているので吸引をすることになりました。

吸引の準備で会陰切開やらなにやらいろいろやっていたのですが
吸引の機械が胎児にかからず断念。
緊急帝王切開のオーダーに切り替わりました。
ここまで2時間ほど。

帝王切開は医師二人でやることになっているようで
オンコールの主治医が到着するまで1時間半、分娩室でひたすら
陣痛といきみに耐えまっていました。

17時 主治医到着し
診察したことこ「これ、下からでいける気がするなあ・・・」
「とりあえずもう一回だけ頑張ってみて、ダメなら帝王切開にしましょう」
と、さらにあと10分程度頑張ることに。

ただ、「こうなると絶対無理」と帝王切開を示されてから1時間半、
動かない胎児を出そうと止まらない律動的ないきみを耐えていたため
胎児が上を向いたまま、無回転で産道を少し降りてきたようで

5分ほどいきんだところ、吸引のカップがかけられる位置まで下りてきて
そこからお腹を力いっぱい押され、同時に先生が吸引し、
最後は自分の力だけで出産することができました。

ちょうど日勤と夜勤の交代時間だったため
助産師さん、勤務の終わった看護師さんが一斉に分娩室にいたのが
印象的でした。

そして、産まれたときに先生が放った
「おめでとうございまーす!」の大きな声。
見守ってくれた助産師さんの涙。

一生忘れないと思います。

私の中で子供のいる人生は
未知の世界でもあり、きっと選択することもなかったように思います。
私が薬学部にいくことがありえなかったように。

思いがけない妊娠で、妊婦としての生活も経験できたし
出産、育児も経験することができたし、これからも続いていく。

私がいろいろなものを捨てたり、整理したりして
「子供のいる人生」という、未知の世界を選んで
一週間たちました。

毎日不思議な気分です。
私の体から、小さな生き物が出てきた。
こんにちは、世界へようこそ。

日に日に変わる子供の表情を見ながら
今日も不思議な気分と、これから私、ちゃんと育てられるかなあと
不安の入り混じった気分です。

遠い空のしたのあの人にも
もう会えないあの人にも
もう会わないあの人にも
いろいろ伝えたいことがあったのだけど
きっといつかここのブログにたどり着いて
ああ、そうか、子供が生まれたんだなと
思ってくれると幸いです。

私によく、似てるそうだよ。

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