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ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
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人を好きになって
その人と手をつないで
一緒にすこしだけでも
お互いの人生の、同じ時間を過ごすと
その人がこの先
どんな人と手をつなぐのだろうか
私のことを忘れてしまうのだろうか
私の手のぬくもりや
この私の 小さい手の感触も
私の中ではありありと残っていても
その人の中では
まるで無かったように
忘れてしまうのだろうかと思うと
私は 放してあげるべき手を
離すことができないでいる

それは感傷でもあり
執着にもにていて

この先この大切な人が握る手が
私の手か 私とつながる小さな命の手であることを
祈らずにいられないのだ

だから人を好きになるのは怖い

ずっとずっと

この手を離さないでねなんて

愛を交わしても、できないことだってあるんだから。
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夏の終わりを感じつつ
ふと郵便受けには合格おめでとうと書いた
残暑見舞いがさくらんぼの国から届いていた

18年間想い続け
ふと手に届いたのに
私の心の余裕のなさが
どちらも同時に選ぶことができず
国家試験を選んでしまった
無事国家試験は合格したけど
また、私の手からするり。

占いには
・今年の上半期には
新たなステージに立ち
新しいポジションで働くとあったけど
初めて占いが当たったのかもしれない。

・今年のうちにキラキラを買っておけ、とあったので
キラキラを最近手に入れた。

私にとってキラキラは
異国から来た人と一緒に見た
東京湾のキラキラだが
あれをもう一度手に入れることは難しいので
別のキラキラを選んでみた。

・最近は毎日のように設計を依頼され
その準備のために勉強し
試験のための勉強ではない患者のための勉強とは
こんなにも楽しいものなのかと思うことがある
だけど試験がないのでなんだかゴールのない勉強だと思う。

・最近出会った人がBPDだった。
珍しく巻き込まれ、振り回されている。

なぜとある種の人たちは
何もしていないのに
「もう無理だ」
「できない」
「おしまいだ」と
口にしてしまうのだろうか

未来は誰にも分らないのに。
一足先に猫がいって
今日は10年暮らした人が荷物をまとめています。
あす早朝にここにある
10年分の荷物と思い出をもって
その人は元いた家に帰っていきます

10年間
一緒にいて空気のようにやさしく
空気のように何もなく
ただ、おだやかで
私が鬱のときはひたすら支えてくれた人。

だけど私はその人と
未来が作りたかった。

その人は
未来など、いらなかった。

10年 本当にありがとう。

10年ほど一緒に住んでいた人と
今日さよならの一歩を踏み出しました

猫もつれていきました
5月31から一緒にいた子猫。
その人のための子猫だけど
いなくなると可愛い盛りだったので
とてもさみしい。

10年ありがとう。

そして最近
好きになっていった人
だけど、やっぱり今の自分は
人を大切にすることができない
どんなに大好きでも
弱い人間を
暖かくつつんであげることができる人間に
私はなれていないんだと気付いた。

理路整然としていないと
頭に入らない。

私のわるい癖
というより
たぶん 頭が悪いんだと思う。

順を追ってまとめていかないと
理解ができないので
そのうえで考慮してその先を決める行為が
雰囲気やニュアンスでなんとなくあやふやな
ファジーな部分が無いように思われて
柔軟性がないというか
きついというか
がんじがらめというか。

息苦しくなるんだろうな。

理科でいえば物理が好きだ。
理論から逆算していけば謎が解けるから。

昔はそういうのが嫌いだった。
なんだか責められている気がして。

だけど、責めているわけでなくて
責められていると思っている人は
その人の問題で
それを解決するために
私がまた何かするのは間違っているんだと。

あいまいに説明するほうが
相手の理解のための種がない気がして
たぶん 自分が責められたくないからなのかもしれない。

結局大好きな人ともさようなら。

今年から一人の夏休み。
実家にはお盆の一週間前の週末に帰ることにした。

今年のお盆休みは一人で
何して過ごそうか。

一度いってみたかった
シンガポールに行ってみようか
残りの人生の長さが
なんとなく予測できるようになった今

どこへ行き
どんな風に過ごすか

何を手に入れ
何を手放すか

それを考えて生きていこうと
思えている。


何かを犠牲にするという考え方はやめた。

すべては自分の選択でできている
私の命
私の人生。

後世に残すもの
残したいもの。
大きな試験を目指して10年近く勉強していた私は
それを突破したも、勉強をするという習慣が抜けず
毎日、受験のための勉強をしないことに違和感があって
どうしていいか わからずにいる

本を読んでみたり
誰かに会ったりしてみたりするけど
なかなか 長い年月しみついた習慣というものは
なくならないものなんだなあ

誰かをずっと好きでいたことも
体の中に それが沁みついている
その人を好きだという思いが まるで
自分の体の一部のようになるみたいに。

この先の何かを
目指していくこと
専門をとること、認定をとること。


一人で生きていくこと。

最近変な夢を見た。

一緒に暮らしている猫のうちの一匹が
ゾロアスター教の式典かなんかに参加すると話していて
初めて飼っている猫の声を聴いた。
可愛い声だったが
「私が○○(自分のこと)を守ってあげるの!」と言って
何やら呪文を唱えているのだが
唱え終わった瞬間、忽然と消えたのだ。

そして私は、その時しばらく外していたメダイの指輪を
していないことに激しく後悔する・・という夢。

なんだかよくわからないけど、それからメダイの指輪を
つけるようにしている。
ひんやりした青空の朝は
いつも青い森のにおいがする
子猫がじゃれて
たくさんの思い出が重なって
泣けてくる。
水曜日夜から昨日にかけて
私は人生の中で「これだけはやりたい」という
ToDoListの中に入っていた一つを
叶える旅に行ってきました。

学士をとりたい

医療系国家資格をとりたい


○○へ行きたい

□□がやりたい。

人生の自分の中での
やるべきことリスト。

死ぬ前にやるべきこと
やりたいこと。

一つずつ、叶えています。

行動力があるとかないとか
そんな問題じゃないと思う。
おかれた立場がどうとかお金がどうとか
そういうことでもないと思う。

自分がそれに向かって動こうとして
アクションを起こす。それだけ。
いくらお金がなくたって
今から少しずつたとえば
タバコをやめてみたりとか
毎日買ってるコーヒーを家から持って行ってみたり
そうして少しずつお金をためて行ったり
そういった小さなアクションを起こし続ければ
いつか必ずそれができる。

文句を言う人は
その小さなアクションさえ、
起こすことを「どうせ」と卑下してやらないだけ。
小さなアクションは
未来の大きな実りを作り出す。
でも、はじめはどんなことでも
小さなアクションなのです。

アクションを起こすのは自分。
起こせないことを何かのせいにして
逃げている人もたくさんいるけれど
アクションを起こすことすら
可能性さえ、単にあきらめて投げているだけ。

だから今、動いてその場所にいるあなた。
それは自分の誇り。あなたが手に入れた未来。
あなたの努力でその場所へいま存在している。

動かずに、常に誰かや何かのせいにして
逃げて今の現状に文句ばかり言っているあなた。
すべてあなたが自分で選んだもの。
誰のせいでもない。

人生は自分で決められる。
やりもしない未来を勝手に決めつけて
どうせやっても○○だから

それはただの
やらない自分へのいいわけ。

だから私はやる。

前にすすんで、自分でやりたいこと
少しずつ叶えていくんだ。

いろんな人の手をかりながら。
何かをやる前に
できないと決めつけてしまいたくない
現実検討は大切だけど
考えることをやめて
何かをすることを投げてしまいたくない
私は無謀だといわれながら
今更6年も大学に通って
普通やらない、という
国家資格を手に入れるために勉強して
勉強して 勉強して
働いて 働いて 働いて
勉強して 働いて 勉強した。

それを、特別な人間がする特別なことだと
思われたくない
誰の目の前にだって転がっている
未来を変えようとする種
誰の中にも存在している
未来を動かす力

私はたまたま
落ちているその種を拾って
まいて 水をあげて育てただけ

何も変わったことはしていない

何も大きなことはしていない

はじめは本当に
ただ、目の前にたくさんある種の一つを

拾ってまいただけだ。
我が家にもう一匹子猫が来た。
今まで育てている猫たちと、同じ親のねこ。
顔も性格も、父、母それぞれに似ている。

子猫は4年ぶりだ。
暖かくて柔らかいけれど
手がかかって仕方なく
試行錯誤しながら、見守って育てている。
いつか私の手からは離れてしまう猫だけど
今はぞんぶん楽しませてもらっています。

先住猫さんたちは、新しくなわばりに侵入してきた
猫に威嚇したり、うなったり。
この先仲良くできると思うけど、そこまでの時間が
不安でたまらないですね。

そして、9年ぶりにPCを新調。
レッツノートのSX4。もちろん前回同様
プレミアムで一番性能よく。メモリ8G増設したかったけど
予算の関係で断念。これでも相当凄いスペックなのだけど
日本のレッツノートほど仕事とプライベート両方完璧に
つかえて使いやすいPCはないと思っているところ。
相当な値段なので、また8年くらいは使う予定です。

5月はいろいろなところに一人でチャレンジしたのだけど
今月もたった一度の人生
一人でも、見たいもの、行きたいところがあったら
どんどん動いていこうと思う。

私の人生は、長いようで、短い。
不満を言っている暇などない
とにかく前に進むのだ。
とにかく行動あるのみ。

今までの私は、動きもしないで
ああだこうだと振り返っては今に不平不満を言っていた。
なんて最低だったんだ。
動かない自分が今を作り上げ
これから動いたら別の未来が出来上がるはず。
不平不満を言うよりも
進んで光を付けていこう。

そんな生き方を、残りの人生で。
今日から、
働いている診療所の副院長になりました。
学生のころから
病院実習中は

先生、先生

と呼ばれる職業を選んで

実習が終わったあとは国家試験に臨んで
頭がパンクしそうなくらい
テキストを詰め込んで
身長と同じくらいの高さに積み上がる
問題プリントを解いた。
それは、数万問にも及ぶ量だった。

国家試験に合格し
実際に患者を前にして
責任の重さを感じる。
だけどその責任は、積み上げてきた
テキストやプリントの山の高さと似ている

一生この山は、減ることがない。
一生勉強し続ける。
その責任。
だから 先生と呼ばれるのだ
その覚悟と責任は地位と比例する。

これからは患者さんのために
一生勉強勉強しようと思う。
私からみれば
すべてを持っているように思えた。

家。家族。子供。仕事。

私が持っていないもの
持てなかったもの。

家、家族、子供、仕事。

どうしても手に入れることができないもの。

家族、子供。

もう手に入れることができないもの。

家、仕事。

私から見たら、全てを持っているように思えた。

うらやましいと思った。
私が持っていないもの

どんなに遠くにいても
大切なあなたが。

福島へ行ってきた。
原発からのフォールアウト核種のせいで
現在線量が測定できない食べ物であっても
福島産のものはほとんど売れなくなってしまった。
特に、桃。
桃なんかもう線量測定しても出てこないのに。
除染の努力のたまものであるほかの作物でさえ
放射線の確立的影響におびえた日本人により
ほとんど売れなくなってしまっていた。

科学者は何を伝えるのか?
放射能と放射線の区別もつかない日本人に対して
確立的影響と確定的影響も区別もつかない日本人に対して
何を伝えるべきか
それは真実以外の何物でもない
正しい正しくないという価値基準ではないのだ

放射線のことを放射「能」とよぶ間違った考え方は
今更治らないにしても


その発がん性をおびえる人たちが
太陽に当たり、煙草を吸い、排気ガスを吸っている

この世界は何なんだ。

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