ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。
あやふやで不安になることばも
その傷が癒えることばも。
新型インフルエンザ関連の報道が連日なされていますが
どうも報道中に耳障りな言葉がある。
それは
「今、PCR検査を行っているところです」
「PCR検査を受けて下さいね、ということになりました」
PCR検査を受けて下さいね、ってまるで
「人間ドックを受けて下さいね」と同じノリで報道されているのは
報道する本人がPCRが何かが分からない故だろう。
PCRは、「ポリメラーゼ・チェイン・リアクション」の頭文字をとったもので
ポリメラーゼ連鎖反応という意味です。つまり、反応させるやり方です。
と、ポリメラーゼもチェインも分からない人に説明したところで
「???」となり、結局「何だかよくわかんないけどすごい検査なんだ」
という印象しか受けず、しまいには冒頭のように
「あなたもPCR検査を受けてみなさいよ、ということに・・・」
なんてなってしまうのだ。
PCRは人が受けるものではないので、アナウンサーのこの一言で
ドン引きした研究者は私だけではないだろう。
ではいったい今この世間を騒がせている、いかにもすごそうな
PCRとは一体何なのだろうか。
簡単に説明すると、私たちは個人を特定するための情報は、DNAという
遺伝情報が詰まった本のようなものに書かれています。
この本の全てのページが一致すれば、同一人物と特定されます。
遺伝情報が全く同じ=同じ人間、ということです。
同じ人がいてもいいんじゃないか?と思いますが、最近は細かく、詳しく
その本の内容の一致を確認できるようになっているので、その確率は全
世界の人口、つまり50億分の1以下になっています。ということは、
地球上で一人だといえます。
新型インフルエンザのもつDNA、つまり遺伝子情報のつまった本の
ようなものが、何ページ一致するかを調べるために、PCRを使います。
ちょっとのDNAでも、連鎖反応によって大きく増やすことができるので
DNAを含むものであれば量が少なくても大丈夫です。
ほんの少しの体液(血液)でも、個人が特定できるのはこのためです。
今回の場合も、少しの体液を採取して、PCRにかけているのでしょう。
どうしてではPCRにかけるのか。(PCR検査を行う、というような使い方
ではなくPCRにかける、といった使い方をします。PCRをさせる機械にか
けるので)
それは、少しの本の断片では、詳しく調べるには小さすぎるので、大量に
複製する必要があります。
ここで、連鎖反応を使ってDNAを倍々に増やしていく。これがPCRです。
小さい本は文字が小さくて読みにくいけど、PCRを使ってそれを5倍、10倍に
すればそれだけ文字も大きくなって読みやすく、解読しやすくなる、といった感
じですかね。
そうやって大きく見やすくした本(DNA)が、「新型インフルエンザ」という本(DNA)
とどのくらい一致するかを比較するために使われるのが、このPCR法と呼ばれる
手法なのです。(手法というか、反応方法というか)
といったことなので、「あなたPCR検査を受けて下さいね」というのは
日本語としてどうなのか。
「PCRをかけて詳しく検査する必要があります」ならわかるけど。
メディアで「PCR、PCR]と連呼していると
どんだけすごい検査なのかと思ってしまいますが
実は正しい言葉の使われ方をしていないのに「すごい方法」みたいな
ことになっています。だけど、けしてそうではないと思うのです。
メディアという舞台で、言葉だけが独り踊っているのです。
私たちは、そこで一緒に踊ってはいけないと思うのです。
それは自らが踊っているのではなく、踊らされているのですから。
このようなことがあると、そのうち病院に行って
「私もPCR検査受けたい!」
なんていう患者さんが出ては来ないだろうか・・・
どうも報道中に耳障りな言葉がある。
それは
「今、PCR検査を行っているところです」
「PCR検査を受けて下さいね、ということになりました」
PCR検査を受けて下さいね、ってまるで
「人間ドックを受けて下さいね」と同じノリで報道されているのは
報道する本人がPCRが何かが分からない故だろう。
PCRは、「ポリメラーゼ・チェイン・リアクション」の頭文字をとったもので
ポリメラーゼ連鎖反応という意味です。つまり、反応させるやり方です。
と、ポリメラーゼもチェインも分からない人に説明したところで
「???」となり、結局「何だかよくわかんないけどすごい検査なんだ」
という印象しか受けず、しまいには冒頭のように
「あなたもPCR検査を受けてみなさいよ、ということに・・・」
なんてなってしまうのだ。
PCRは人が受けるものではないので、アナウンサーのこの一言で
ドン引きした研究者は私だけではないだろう。
ではいったい今この世間を騒がせている、いかにもすごそうな
PCRとは一体何なのだろうか。
簡単に説明すると、私たちは個人を特定するための情報は、DNAという
遺伝情報が詰まった本のようなものに書かれています。
この本の全てのページが一致すれば、同一人物と特定されます。
遺伝情報が全く同じ=同じ人間、ということです。
同じ人がいてもいいんじゃないか?と思いますが、最近は細かく、詳しく
その本の内容の一致を確認できるようになっているので、その確率は全
世界の人口、つまり50億分の1以下になっています。ということは、
地球上で一人だといえます。
新型インフルエンザのもつDNA、つまり遺伝子情報のつまった本の
ようなものが、何ページ一致するかを調べるために、PCRを使います。
ちょっとのDNAでも、連鎖反応によって大きく増やすことができるので
DNAを含むものであれば量が少なくても大丈夫です。
ほんの少しの体液(血液)でも、個人が特定できるのはこのためです。
今回の場合も、少しの体液を採取して、PCRにかけているのでしょう。
どうしてではPCRにかけるのか。(PCR検査を行う、というような使い方
ではなくPCRにかける、といった使い方をします。PCRをさせる機械にか
けるので)
それは、少しの本の断片では、詳しく調べるには小さすぎるので、大量に
複製する必要があります。
ここで、連鎖反応を使ってDNAを倍々に増やしていく。これがPCRです。
小さい本は文字が小さくて読みにくいけど、PCRを使ってそれを5倍、10倍に
すればそれだけ文字も大きくなって読みやすく、解読しやすくなる、といった感
じですかね。
そうやって大きく見やすくした本(DNA)が、「新型インフルエンザ」という本(DNA)
とどのくらい一致するかを比較するために使われるのが、このPCR法と呼ばれる
手法なのです。(手法というか、反応方法というか)
といったことなので、「あなたPCR検査を受けて下さいね」というのは
日本語としてどうなのか。
「PCRをかけて詳しく検査する必要があります」ならわかるけど。
メディアで「PCR、PCR]と連呼していると
どんだけすごい検査なのかと思ってしまいますが
実は正しい言葉の使われ方をしていないのに「すごい方法」みたいな
ことになっています。だけど、けしてそうではないと思うのです。
メディアという舞台で、言葉だけが独り踊っているのです。
私たちは、そこで一緒に踊ってはいけないと思うのです。
それは自らが踊っているのではなく、踊らされているのですから。
このようなことがあると、そのうち病院に行って
「私もPCR検査受けたい!」
なんていう患者さんが出ては来ないだろうか・・・
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