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ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
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昨日嵐の中映画を見に行きました。
「闇の子供たち」という、人身売買、臓器売買、児童買春など
アジアの子供たちの現状にこういうものがあるんだ、という
問題を提起している梁石日原作「闇の子供たち」の映画化です

これは、けして舞台となっているタイ国を責めている映画ではないと
監督がインタビューで話していました。
そしてただ「かわいそう・・・」と センチメンタルな気分にさせるものでも
ありません。
確実にこの映画は、今の社会に一石を投じるものだと思うのです。
それは真実の物語だからです。

子供の命や、子供の体が大人の欲望のままに欲される。
それはまるで、生きているけれども「物」の扱いです
日本人だって、日本以外の諸外国の大人だって
それに加担していることがこの映画で分かります
生活のために子供たちは自発的に体を売っているわけではありません。
売春宿に親や大人に「生活のため」として
野菜のように売られていくのです
そこで幼児性愛者の相手を強いられ
HIVに感染し、AIDSを発症するとゴミ袋にいれて捨てられる。
臓器移植のために、「いきたまま」臓器をとられ
いろんな国の人に移植され、臓器をとられた子供はまた
ごみのように捨てられる。

アジアの子供は
なぜここまで劣悪な扱いを受けるのか。
貧困層やマフィア、そして警察までが一部加担している
この闇は
なぜアジアだけいつもクローズアップされるのでしょうか。
お金を払えば、何もかもが手に入る時代
それがきっと誰かを深く深く、傷つけることになっていること
そしてお金の価値がどういうものなのか
命の価値とはどういうものなのか

私たちは、目の前のお金が「物」に変わってしまったら
その物の価値を真に考えることが無いのかもしれません。
これはお金で買っていいものなのだろうか
そして これはお金を払って買うべきなのだろうか
この物の価値は、たったこれっぽちの紙で済むものだろうか

お金はとても便利なものです
だけど、お金で買えない価値があるということ
それは一体誰が教えてくれるのでしょうか

お金の流通やマーケットは
経済学が教えてくれます
だけどその流れるものの価値や大切さは
一体どこで誰が教えてくれるのでしょうか。

小さいころから
何かを手に入れるためにはお金「だけ」があればいいと
そういう世界で育ったらきっと
お金さえあれば何でもできるような
そういう観念になってしまうかもしれません。

お金で買えないもの

お金で買ってはいけないもの

値段のつかないもの

かけがえの無いもの

代わりがないもの。

それを教えることができるのは
私たち大人だと思うのです。
子供は何も知らない。
でも、何も知らないということは
何でもインプットされるということと同じだと思うのです

まっさらな心でも
傷つくのには十分です
彼らは知識で傷つくのではありません。
本能で傷つくのです
何も知らないうちから
本能の悲しさを与えてはいけないと
思うのです
それは本能の怒りとなり
闇となりまた次の世代へと
ただ、ぐるぐる回ってしまうだけなのですから。

「闇の子供たち」
http://www.yami-kodomo.jp/

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