ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。
あやふやで不安になることばも
その傷が癒えることばも。
不完全燃焼よりたぶんもっとひどい。
体の中からふつふつと湧き上がってくる。
まるで発酵しているかのように。
心がぱんぱんだ。
小さな穴を開けようとしたら
それはゴム風船の穴のように一気に大きくなり
ぼこぼこと溢れ出してとまらない。
鈴先生にも、迷惑をかけている。
止血しても止血しても
色んなところから血が出てきて止まらない。
体中がクレンメで一杯だ。
もう、手元に諫止も残ってない。
私は忘れてはいないのだ。
どんな記憶も。
引き出しから取り出せなくても
脳が、目が、心が、体が
忘れてはいない。
初めて大学に行きたくないと思い始めた。
誰も知らないところへ行きたい。
そして誰にも見つからないところに行きたい。
ここから、どこかへ飛んでいってしまいたい。
みんなの記憶から私を抹殺して
何も、まるで無かったように。
私など、存在などしていないかのように。
忘れてほしいから
思い出してほしくないから
忘れたいから
思い出したくないから
帰らないのに
みんな勝手だ。
帰省することはいいことだと思い込んでいる。
田舎はほっとする場所だと、思い込んでいる。
そんなの嘘だ。
朝起きるのが嫌だ。
明日なんか
来なければいいのに。
生命は残酷だ。
体の中からふつふつと湧き上がってくる。
まるで発酵しているかのように。
心がぱんぱんだ。
小さな穴を開けようとしたら
それはゴム風船の穴のように一気に大きくなり
ぼこぼこと溢れ出してとまらない。
鈴先生にも、迷惑をかけている。
止血しても止血しても
色んなところから血が出てきて止まらない。
体中がクレンメで一杯だ。
もう、手元に諫止も残ってない。
私は忘れてはいないのだ。
どんな記憶も。
引き出しから取り出せなくても
脳が、目が、心が、体が
忘れてはいない。
初めて大学に行きたくないと思い始めた。
誰も知らないところへ行きたい。
そして誰にも見つからないところに行きたい。
ここから、どこかへ飛んでいってしまいたい。
みんなの記憶から私を抹殺して
何も、まるで無かったように。
私など、存在などしていないかのように。
忘れてほしいから
思い出してほしくないから
忘れたいから
思い出したくないから
帰らないのに
みんな勝手だ。
帰省することはいいことだと思い込んでいる。
田舎はほっとする場所だと、思い込んでいる。
そんなの嘘だ。
朝起きるのが嫌だ。
明日なんか
来なければいいのに。
生命は残酷だ。
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青い森から帰ってきて
大学に行き、行ってくるよ、と話した先生に
帰ってきた報告に行く。
めーさんとはもう、割り切って話すことにした。
DMって結構大したことない病気みたいな感じ
で聞いてくれてたけど
本当は合併症がすごいの。
でも、いちいち説明する必要もないと思って。
何かめーさんのことが吹っ切れた感じがする。
だけど、弱った父を見た後に、めーさんをみると
やっぱり、体力のある時の父のような気もする。
結局私の中では何も変わらないのだ。
記憶は挿げ替えられることはない。
乗り越えることしか、残された道はないのだ。
乗り越える。
めーさんに対する気持ちは
変わらず好きなままだけど
私のような育ち方や、親や環境
これに巻き込むことは出来ないなという気持ちが
帰省したからこそ、大きくなった。
手の届かない、いや、届かせてはいけない
そんな存在の、大好きな人。
鈴先生のところへ行き
色々話を聞いてもらえた。
私は昨日、この時間のおかげでとても心が
落ちついたのです。
鈴先生の言っていることは、当たっている。
すごくまともだ。
そして、その指摘に対して
自分が遺伝していることに
とても苦しくなる。
このことは、たぶん私が
生まれ変わるまで拭えないだろう。
来週から後期。
出来ることを、出来るぶんだけ、出来るだけ。
頑張るぞ。
大学に行き、行ってくるよ、と話した先生に
帰ってきた報告に行く。
めーさんとはもう、割り切って話すことにした。
DMって結構大したことない病気みたいな感じ
で聞いてくれてたけど
本当は合併症がすごいの。
でも、いちいち説明する必要もないと思って。
何かめーさんのことが吹っ切れた感じがする。
だけど、弱った父を見た後に、めーさんをみると
やっぱり、体力のある時の父のような気もする。
結局私の中では何も変わらないのだ。
記憶は挿げ替えられることはない。
乗り越えることしか、残された道はないのだ。
乗り越える。
めーさんに対する気持ちは
変わらず好きなままだけど
私のような育ち方や、親や環境
これに巻き込むことは出来ないなという気持ちが
帰省したからこそ、大きくなった。
手の届かない、いや、届かせてはいけない
そんな存在の、大好きな人。
鈴先生のところへ行き
色々話を聞いてもらえた。
私は昨日、この時間のおかげでとても心が
落ちついたのです。
鈴先生の言っていることは、当たっている。
すごくまともだ。
そして、その指摘に対して
自分が遺伝していることに
とても苦しくなる。
このことは、たぶん私が
生まれ変わるまで拭えないだろう。
来週から後期。
出来ることを、出来るぶんだけ、出来るだけ。
頑張るぞ。
3日目。
最終日。
どこか行きたいところないのか、という問いかけに
無い、と応えた。
というより
余りにも帰っていないので、行きたいところも何も
何がどこにあるのかや、どうなっているかとか
最近の情報がわからないので思いつかないのだ。
お土産はすでに家に「これお土産にしろ」みたいに
用意されていたし。
ラーメンが食べたい、と言って
ラーメンを食べに連れて行ってもらった。
そこでウミネコのストラップを買った。
めーさんにあげたかったけど
不可能だったので自分のものにしてしまった。
最後なのでもう一人の祖母に会いに行く。
白内障で目が見えてない。
人の認識は声だけで行っているようだが
私に会うのが3年半ぶりなので、私の声=私と
認識できなかった。まあ、それは仕方ない。
老年性鬱になっていた。
死にたいと涙を流してずっと訴えている。
私はどうしたら良いのだろう。
あと数時間でこの青い森からまた去っていく
祖母不幸な孫なのに。
そして私は、死ぬなと言い切れるだけの力がない。
無責任でどうしようもない孫なんだ。
ばあちゃん、すまん。
夕方には空港へ向かって実家を出る。
あっという間の二日間。
意味もわからずただ過ぎていった。
帰りの機材はB737-800
ジェットエンジンの真横の席だ。
余談だが私は羽の上かジェットエンジンの真横を
好んで座席指定する。
指定なんかしなくても空いているけどね。
滑走路で手を振る、グランドの人に敬礼し
窓から思いっきり手を振り返す。
これも私の飛行機に乗る時の日課。
アホな乗客です。
飛行機って物理の塊だよね でも私は
物理がキライなくせに飛行機が大好きだ。
私を遠くに運んでくれる。
思い出なんか思い出す暇も
干渉に浸る時間も与えないまま
私を元の世界に返してくれる。
あっという間に羽田について
自宅へ戻る。
青い森に帰ったのが嘘のような景色だ。
ほっとする。
次に帰るのは、もう無いのかもしれない。
最終日。
どこか行きたいところないのか、という問いかけに
無い、と応えた。
というより
余りにも帰っていないので、行きたいところも何も
何がどこにあるのかや、どうなっているかとか
最近の情報がわからないので思いつかないのだ。
お土産はすでに家に「これお土産にしろ」みたいに
用意されていたし。
ラーメンが食べたい、と言って
ラーメンを食べに連れて行ってもらった。
そこでウミネコのストラップを買った。
めーさんにあげたかったけど
不可能だったので自分のものにしてしまった。
最後なのでもう一人の祖母に会いに行く。
白内障で目が見えてない。
人の認識は声だけで行っているようだが
私に会うのが3年半ぶりなので、私の声=私と
認識できなかった。まあ、それは仕方ない。
老年性鬱になっていた。
死にたいと涙を流してずっと訴えている。
私はどうしたら良いのだろう。
あと数時間でこの青い森からまた去っていく
祖母不幸な孫なのに。
そして私は、死ぬなと言い切れるだけの力がない。
無責任でどうしようもない孫なんだ。
ばあちゃん、すまん。
夕方には空港へ向かって実家を出る。
あっという間の二日間。
意味もわからずただ過ぎていった。
帰りの機材はB737-800
ジェットエンジンの真横の席だ。
余談だが私は羽の上かジェットエンジンの真横を
好んで座席指定する。
指定なんかしなくても空いているけどね。
滑走路で手を振る、グランドの人に敬礼し
窓から思いっきり手を振り返す。
これも私の飛行機に乗る時の日課。
アホな乗客です。
飛行機って物理の塊だよね でも私は
物理がキライなくせに飛行機が大好きだ。
私を遠くに運んでくれる。
思い出なんか思い出す暇も
干渉に浸る時間も与えないまま
私を元の世界に返してくれる。
あっという間に羽田について
自宅へ戻る。
青い森に帰ったのが嘘のような景色だ。
ほっとする。
次に帰るのは、もう無いのかもしれない。
翌日。
朝から親戚周り。
親戚周る先々で相変わらず私の吹き出しを話す母。
うんざりだ。
そしてこの殺人的スケジュールにもうんざりだ。
一日何箇所墓参りさせる気だ。
まあ、先祖や死んだ姉には落ち度はないので
たまの墓参りくらいどうって事無いのだけど。
親戚に合わせて何人会っただろう。
20人くらいだろうか。
もともと大量の人間と近い付き合いをすると
ただでさえ疲れてしまうタイプの私が
10年以上も会ってない親戚や初めて会う兄弟の家族やら
一日何人もそういう前にさらされて疲れないわけないのだ。
セッティングされた会食も、挨拶も自己紹介もなしに
突然始まり、突然流れお開き。
・・・・・どういう会なんだよ。
会食の後も親戚周りは続き
母もよくずっと私の外見やら生活について
謝り続けられるのだろうと感心してしまった。
そんな二日目。
DMで体力の続かない父や
やせてしまったその体を見ていると
まるで私が悪いことをしているのかのような
わけのわからない錯覚に陥った。
目の前で、ぐったりと横になる父。
私の記憶にいる父と余りにも違いすぎて
そのギャップを埋めることすら出来ない。
まるで、それは錯覚を見ているかのようだった。
朝から親戚周り。
親戚周る先々で相変わらず私の吹き出しを話す母。
うんざりだ。
そしてこの殺人的スケジュールにもうんざりだ。
一日何箇所墓参りさせる気だ。
まあ、先祖や死んだ姉には落ち度はないので
たまの墓参りくらいどうって事無いのだけど。
親戚に合わせて何人会っただろう。
20人くらいだろうか。
もともと大量の人間と近い付き合いをすると
ただでさえ疲れてしまうタイプの私が
10年以上も会ってない親戚や初めて会う兄弟の家族やら
一日何人もそういう前にさらされて疲れないわけないのだ。
セッティングされた会食も、挨拶も自己紹介もなしに
突然始まり、突然流れお開き。
・・・・・どういう会なんだよ。
会食の後も親戚周りは続き
母もよくずっと私の外見やら生活について
謝り続けられるのだろうと感心してしまった。
そんな二日目。
DMで体力の続かない父や
やせてしまったその体を見ていると
まるで私が悪いことをしているのかのような
わけのわからない錯覚に陥った。
目の前で、ぐったりと横になる父。
私の記憶にいる父と余りにも違いすぎて
そのギャップを埋めることすら出来ない。
まるで、それは錯覚を見ているかのようだった。
今回青い森へ帰ったこと
その時のことを忘れないように少しここに記録しておこうと思う。
これは誰かに見せるためのものではなく(もともと私のこの書き込み
自体、人に見せるような要素がほとんどないのだが)
自分の記録として。
出発便は早朝のMD-90型機。
私の好きな機材だ。
私は昔から飛行機が好きだ。
鳥も好きだ。
どこかで空を飛ぶ憧れがあったのかもしれない。
空が飛べれば、ここから飛び出せるような
そんな気がしていたからかもしれない。
大学受験の時、航空管制官になりたくて
航空保安大学校を受験したくらいだ。
そんな飛行機であっという間に青い森へ。
着陸する寸前、滑走路が見えるまで
青い森の上空だと気がつかなかった。
そのくらい変わってしまっていたのだ。
友人の披露宴まで時間を潰して
結婚式の会場へ行き、近年まれに見る盛大
な披露宴にぽつんと参加。
大体、新婦のクラスメイトでもないからね。
披露宴が終わった後、バスで実家へ。
ぴんぽん。
母が出てきた。
一緒に住んでいる祖父母や遊びに来ていた叔母まで
出てきた。
色んなことを聞かれ、薬については話したが
そのほかの事についてはほとんど私が言う前に
母が私のふきだしを作って勝手に代弁する。
私の思ってもいないことを言うので、代弁にも
ならないが
たぶん、母の希望的せりふなのだろう。
なぜか言い訳じみたせりふを話している。
「大学生だからって若作りして来ました」
「普段はもっとちゃんとした30代の格好です」
「久しぶりに会うので、大学生やってるってことで
わざわざ頑張って若い格好してきました」
「こんな年になって大学生やっててちゃんとしてないのは
私だけですって言ってます」
なんて私の代わりに言われると、普段からこんな格好の私は
内心不快な気持ちで一杯なのだ。
確かに、見た目も着ている服も、青い森でいったら20代
なのかもしれない。
母親の中のイメージで、30代ではないのかもしれない。
でも、わざわざ他人からの見た目をそれほど気にする必要が
あるのか。大学生やってて何か申し訳ないのか。
周囲が結婚して子供もいるということ
私がそれと同じじゃないこと
見た目が母の思う、落ち着きのある30代ではないこと
(一体それがどんなことを指すのか判らないが)
それがそんなに、親戚に言い訳がましく謝ったりする
必要のあることなのか。
②へ続く。
その時のことを忘れないように少しここに記録しておこうと思う。
これは誰かに見せるためのものではなく(もともと私のこの書き込み
自体、人に見せるような要素がほとんどないのだが)
自分の記録として。
出発便は早朝のMD-90型機。
私の好きな機材だ。
私は昔から飛行機が好きだ。
鳥も好きだ。
どこかで空を飛ぶ憧れがあったのかもしれない。
空が飛べれば、ここから飛び出せるような
そんな気がしていたからかもしれない。
大学受験の時、航空管制官になりたくて
航空保安大学校を受験したくらいだ。
そんな飛行機であっという間に青い森へ。
着陸する寸前、滑走路が見えるまで
青い森の上空だと気がつかなかった。
そのくらい変わってしまっていたのだ。
友人の披露宴まで時間を潰して
結婚式の会場へ行き、近年まれに見る盛大
な披露宴にぽつんと参加。
大体、新婦のクラスメイトでもないからね。
披露宴が終わった後、バスで実家へ。
ぴんぽん。
母が出てきた。
一緒に住んでいる祖父母や遊びに来ていた叔母まで
出てきた。
色んなことを聞かれ、薬については話したが
そのほかの事についてはほとんど私が言う前に
母が私のふきだしを作って勝手に代弁する。
私の思ってもいないことを言うので、代弁にも
ならないが
たぶん、母の希望的せりふなのだろう。
なぜか言い訳じみたせりふを話している。
「大学生だからって若作りして来ました」
「普段はもっとちゃんとした30代の格好です」
「久しぶりに会うので、大学生やってるってことで
わざわざ頑張って若い格好してきました」
「こんな年になって大学生やっててちゃんとしてないのは
私だけですって言ってます」
なんて私の代わりに言われると、普段からこんな格好の私は
内心不快な気持ちで一杯なのだ。
確かに、見た目も着ている服も、青い森でいったら20代
なのかもしれない。
母親の中のイメージで、30代ではないのかもしれない。
でも、わざわざ他人からの見た目をそれほど気にする必要が
あるのか。大学生やってて何か申し訳ないのか。
周囲が結婚して子供もいるということ
私がそれと同じじゃないこと
見た目が母の思う、落ち着きのある30代ではないこと
(一体それがどんなことを指すのか判らないが)
それがそんなに、親戚に言い訳がましく謝ったりする
必要のあることなのか。
②へ続く。
本当は今日は会えると思っていなかったけど
なんとか、めーさんの顔は見られました。
昨日は廊下で遠くにめーさんを見つけて
わー、めーさんだーと思って^^ってなったら
教室で「おス」って(笑)
お、オス?!
うれしかったけどね
だけど今日はずっと、カリカリ、コツコツ・・・
お互いに問題を解きまくる音だけ
結局何にも言えなかった。
何にも話せず
ようやく言えたのが帰り際の
「じゃあ、日曜日行ってきます」
だけだった・・・
苦しい思いも
辛い気持ちも悲しい気持ちも
不安も全部抱えて一人で私は
青い森に行って来ます
めーさん
いつか私は
帰ってよかった、って
思えるようになりますか
今まで一度も思ったことがない
帰ってよかった、なんて
思えるようになりますか
本当はめーさんの手
触ってから行きたかったのです
めーさんの大きな手は
私にとって魔法の手なのです。
何でも出来ちゃう気がするんだよ
悲しくても辛くても
それでも行くの。
「何かのついででも、行けば行きやすくなる」
って言ったよね
めーさん
ホントは話してないこと沢山あるんだよ
いつも何も言えなくてごめんなさい
でも行くんだ。
これがきっと
最後だから。
少しずつ
めーさんに会いながら
私は私の心の整理を始めている。
いつもどおり変わらない、めーさんとのスタンス。
だけど私の中では、着実に何かの準備が始まっている。
めーさんを、嫌いになるわけではないし
かといって何かが激変することもないけれど
確実に、何かが変わる前触れのような気がしている。
めーさんと話が出来るようにもなってきた。
やっぱり何かが違うんだ、と意識できている。
だけどバス停でつい見つめちゃうんだよね。
キレイだなー、って。
私を登記簿からはずす手続きが
着々と進み始めたようです
昨日は税理士さんと打ち合わせ。
私は参加しなかったけれど
大学にいたら「税理士さんはもとの味方だよ」と
メールが来ました。
なんで味方してくれるんだろ。
よく考えたら
私の知っている私は
性格もあまりよくなく
人に自慢できることも無いくせに
ただ、負けず嫌いで
誰にも共感されず
人との関わりがひどく苦手で
大丈夫な人は危うい糸で大丈夫なのだけど
心を閉ざしたらとことん閉ざし
私のこころに触らないでほしくなる。
そんな人間なのに
友達がいること(勝手に友達だと思っているだけかも)
話しができる、鈴先生や所長がいること
離れていても、絶大な信頼を寄せる北先生や
そして何も知らない振りして実はたぶん
少しは気にしてくれているめーさん
味方になってくれる税理士さん
慕ってくれる後輩や
私を星だと言ってくれる故郷の友人
沢山の人に、支えてもらっている。
私は一人では立てない人間なのかもしれない。
ソロ・テントを張り
雪山で遭難しそうになっている私を
必ず誰かが見つけてくれる。
見つけてくれなくても
旗を立てれば、その旗を
誰かが見つけてくれる。
実は、一人ぼっちで悲しくて
どうしようもなくダメ人間の私でも
SOSだけは、いっぱしに発しているのかもしれない。
いくら笑っていようとも
どんなに平気な顔していようとも
きっと私の体には、自分には見えない血が
だらだらと流れているのかもしれない。
判り合える、なんてきれいごとだ
判り合わなくたって
判りたいと思う、その気持ちがあればいいんだ
めーさんに会いながら
私は私の心の整理を始めている。
いつもどおり変わらない、めーさんとのスタンス。
だけど私の中では、着実に何かの準備が始まっている。
めーさんを、嫌いになるわけではないし
かといって何かが激変することもないけれど
確実に、何かが変わる前触れのような気がしている。
めーさんと話が出来るようにもなってきた。
やっぱり何かが違うんだ、と意識できている。
だけどバス停でつい見つめちゃうんだよね。
キレイだなー、って。
私を登記簿からはずす手続きが
着々と進み始めたようです
昨日は税理士さんと打ち合わせ。
私は参加しなかったけれど
大学にいたら「税理士さんはもとの味方だよ」と
メールが来ました。
なんで味方してくれるんだろ。
よく考えたら
私の知っている私は
性格もあまりよくなく
人に自慢できることも無いくせに
ただ、負けず嫌いで
誰にも共感されず
人との関わりがひどく苦手で
大丈夫な人は危うい糸で大丈夫なのだけど
心を閉ざしたらとことん閉ざし
私のこころに触らないでほしくなる。
そんな人間なのに
友達がいること(勝手に友達だと思っているだけかも)
話しができる、鈴先生や所長がいること
離れていても、絶大な信頼を寄せる北先生や
そして何も知らない振りして実はたぶん
少しは気にしてくれているめーさん
味方になってくれる税理士さん
慕ってくれる後輩や
私を星だと言ってくれる故郷の友人
沢山の人に、支えてもらっている。
私は一人では立てない人間なのかもしれない。
ソロ・テントを張り
雪山で遭難しそうになっている私を
必ず誰かが見つけてくれる。
見つけてくれなくても
旗を立てれば、その旗を
誰かが見つけてくれる。
実は、一人ぼっちで悲しくて
どうしようもなくダメ人間の私でも
SOSだけは、いっぱしに発しているのかもしれない。
いくら笑っていようとも
どんなに平気な顔していようとも
きっと私の体には、自分には見えない血が
だらだらと流れているのかもしれない。
判り合える、なんてきれいごとだ
判り合わなくたって
判りたいと思う、その気持ちがあればいいんだ
会社を辞めることになった。
辞めることになった、というか
もうそれ以外の方法がない、という感じだった。
深夜まで話し合った。
もちろん、あの例の社長は抜きで。
社長が来てからというもの
最初は良かったけれど
徐々に王様ゲームの王様のようで
そして私に対しての
「俺はお前より年上だから、お前よりも何でも知っている」
という目線。
何を言っても、「ああ、僕もそうだったんで分かります」
分かってほしくなんか、無い。
分かる訳ないのだから。
どうしても、2月の
「意見を言いたいのなら、(大学なんか行ってないで)働いたらどうです?」
という言葉が、私の中で許せなかった。
全ては、そこから始まり。
徐々に嫌悪感が募っていき
顔を見るのも嫌になった。
当然、会議に出て顔をあわせることも出来なくなった。
私は、一度ダメになるととことんダメらしい。
そして昨日、一緒に創業した院長に呼び出され
「もう限界だな。辞めるしかないな」
と言われ、私はこくんと頷いてしまった。
反応があるかと思って少し顔を上げてみた。
でも、意外なほどあっけなかった。
ああ、私の作った会社は
私の子どもだと思ってた会社は
あっけなく、こうやって私の手から
離れていってしまうんだなあ。
だけどほんの少し
開放されて気は楽になったかもしれない。
-----------------------------------------------------------------------
大学に行くことは
いつの間にか業務命令ではなく
個人的な希望と取られていた
だったらもう
薬学部にしがみつくことは
しなくてもいいのではないか
会社を辞めることは
私にとって、大学を辞めるとほぼイコールだ。
6年間在籍することで、ぎりぎり学費が
まかなえる計算だからだ。
いられるだけいるのなら
後悔しないように、精一杯やろう。
辞めることになった、というか
もうそれ以外の方法がない、という感じだった。
深夜まで話し合った。
もちろん、あの例の社長は抜きで。
社長が来てからというもの
最初は良かったけれど
徐々に王様ゲームの王様のようで
そして私に対しての
「俺はお前より年上だから、お前よりも何でも知っている」
という目線。
何を言っても、「ああ、僕もそうだったんで分かります」
分かってほしくなんか、無い。
分かる訳ないのだから。
どうしても、2月の
「意見を言いたいのなら、(大学なんか行ってないで)働いたらどうです?」
という言葉が、私の中で許せなかった。
全ては、そこから始まり。
徐々に嫌悪感が募っていき
顔を見るのも嫌になった。
当然、会議に出て顔をあわせることも出来なくなった。
私は、一度ダメになるととことんダメらしい。
そして昨日、一緒に創業した院長に呼び出され
「もう限界だな。辞めるしかないな」
と言われ、私はこくんと頷いてしまった。
反応があるかと思って少し顔を上げてみた。
でも、意外なほどあっけなかった。
ああ、私の作った会社は
私の子どもだと思ってた会社は
あっけなく、こうやって私の手から
離れていってしまうんだなあ。
だけどほんの少し
開放されて気は楽になったかもしれない。
-----------------------------------------------------------------------
大学に行くことは
いつの間にか業務命令ではなく
個人的な希望と取られていた
だったらもう
薬学部にしがみつくことは
しなくてもいいのではないか
会社を辞めることは
私にとって、大学を辞めるとほぼイコールだ。
6年間在籍することで、ぎりぎり学費が
まかなえる計算だからだ。
いられるだけいるのなら
後悔しないように、精一杯やろう。