無題
いつも青い森のにおいがする
子猫がじゃれて
たくさんの思い出が重なって
泣けてくる。
ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
福島へ行ってきた。
原発からのフォールアウト核種のせいで
現在線量が測定できない食べ物であっても
福島産のものはほとんど売れなくなってしまった。
特に、桃。
桃なんかもう線量測定しても出てこないのに。
除染の努力のたまものであるほかの作物でさえ
放射線の確立的影響におびえた日本人により
ほとんど売れなくなってしまっていた。
科学者は何を伝えるのか?
放射能と放射線の区別もつかない日本人に対して
確立的影響と確定的影響も区別もつかない日本人に対して
何を伝えるべきか
それは真実以外の何物でもない
正しい正しくないという価値基準ではないのだ
放射線のことを放射「能」とよぶ間違った考え方は
今更治らないにしても
その発がん性をおびえる人たちが
太陽に当たり、煙草を吸い、排気ガスを吸っている
この世界は何なんだ。
国家試験の合格からひと月。
免許の申請も済みました。
レジリエンスを題材に
某有名私立大で講義も頼まれました。
当たり前だと思っていたことが
当たり前でなくなり、いつしか私は
喜怒哀楽をあまり出さず
ふつふつと心の中で成功をひたすらに追い求めるような
そんな戦い方をするようになっていきました。
国家試験を突破したところで
私の仕事は何も変わりませんが
日本ではまだ珍しいことをやろうとしています。
今までは、目の前に与えられた課題を勉強すればよかったし
覚えるべきこと、大切なこと、全て与えられていたけれど
これからは自分で課題を見つけ、自分から勉強をしていかなければならないと
感じています。もう、誰も問題も与えてくれないし、採点もしない。
一回一回の医師、患者への提案がすべて本番の失敗できない現場へ
「師」という名札をつけて、堂々と出ていくことができます。
シンガポールに、親友がいます。
その人に、直接一言、「合格したよ」と言いたかったけど
この夢は、叶いそうにありません。
碧い森のあの人にも、まずは「合格したよ」「おめでとう」の
この、たった二言の会話をしたかったのに
それも、叶いませんでした。
SNSって何なんでしょうね
大切な言葉も、直接ではなく文字で終わらせてしまう。
こんな世界、そろそろ飽きてしまいそうです。
シンガポールへいるあなたへ。
あなたが超えた壁がドアだったように
私が超えたこの壁も
ドアだったよ。
いつか、笑って
心の友になれますように。