ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。
あやふやで不安になることばも
その傷が癒えることばも。
目の前の患者さん。
目の前の試験。
目の前にある物事。
常に私の目線は、今、眼の前にあることに
あるのかもしれない。
目の前の患者さんに治療的でありますように。
今、この試験が無事解答できますように。
今日がいい日でありますように。
もしかしたら、視点が近いのかもしれない。
それはいいことなのか、悪いことなのか
自分でもよくわかりません。
目の前の患者さんに手を差し伸べたら
病院経営が危うくなるといわれても
いまいち実感ありません。
この一人でどうこうなる問題ではないと思うからです。
社長が言いたいのは、その一人を許可することで
後ろに続く何人もを許可することになり
それが結局経営に影響するっていいたいのだろうけど。
私はそうは思わないというか
思えないのです。
目の前のものを次々と突破すること
それが積み重なることで気づいたら
ずっと遠くまで歩いてきたなあと
そういう気分になるものじゃないでしょうか。
最近医療崩壊が叫ばれてから
私は医療のなかの絶対的な正しさが
分からなくなってきました。
現場は目の前の患者さんの苦痛を取り去るべく
治療的に関わるだけ
医師は医師 私は私として
関わっていくだけしか出来ないのです
それを経営側から
やれお前は現場を知らないだとか
意見したいならそれなりの働きしたらどうです?と
言われるのは筋違いだと思うのです
理想主義だと思われるかも知れません。
だけど、私は渡り鳥先生みたいに
自分の理想とする医療をしたいと思うし
だからこそ医療にかかわる仕事に就き、
そんな大学に入ったわけで
医院という「会社」をうまく回したいとか
そういう気持ちにはなれません。
医療費削減の波が押し寄せてきて
医療機関があれやこれや手を使って
病院にも患者にもいい方法を模索してるっていうのに
患者不在の経営は私にはどうも納得いかないのです。
いっそのこと、そうなるのなら私のいるクリニックの
付属機関だとかそういう触れ込みや
大々的な宣伝はやめてほしい。
実際に連携というものがどういうことか分からない人間に
連携してるから安心だとか、安全だとか(意味不明)
周りに宣伝してほしくないんです。
安全な心理室ってどういう意味でしょうか。
工事現場じゃあるまいし・・・・
ただバックボーンに医療機関が付いてるだけじゃ
何の役にも立ちません。
そこといかに連携するか、チーム医療をするかに懸っているのに
ただ、医療機関が付属しているからと言って安心し
何をもってその安全?を提供するか
どのように維持していくのかを
明確にできない経営なら、私はただの
誇大広告に過ぎないと思うのです。
どのように連携すればいいのか
どのようにしたら患者の治療に良いのか
そこを医療的な視点で考えられない人に
現場にいなくて現場知らないんだから黙ってろ
と言われるのは非常に納得いかないのです。
鳥瞰図的経営に囚われて
大事な何かを見失うような医療は
私はそれは 医療ではないと思います。
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