ダカフェ日記
写真と一言コメントのHPなのですが
こんな写真を撮りたいなあとか
こんな家族が欲しいなあとか
そんな気分になります
ダカフェ日記
http://dacafe.petit.cc
あー
久しぶりにカメラ首からぶら下げて
自然の中で写真とりたいなー
その前にデジ一を何とかしないと・・
その前に試験か・・・・。
ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
この間鈴先生が結婚したのだけど
同期の友達も相当結婚してます
そんな中で、鈴先生に自分がなぜ結婚しないのかを
メールで上げていたのだけど
今さっき読み返したら
「まだ学生だから相手を養う自身が無い」
とか
「自分がまだ夢を追っている人間だから、落ち着けない」
とか
・・・・・・・・。
まるで若い女の子に求婚されて
結婚を踏み切れないでいる男みたいな言い訳を並べていて
あー。私は脳みそ男か!?
と、思ってしまった。
結婚なんて、してみたらしてみたたで
良い事もあるだろうし
悪いこともあるだろうからね。
だけど所帯もって落ち着くとか、夢がどうとか
養う云々・・・って発想が既に??な自分に気づいてしまった。
結局は自分に自信が持てないってことなんだろうけどね。
,
久しぶりに青い空を見上げて
アウトドアショップに行ったら
なんだか山に登りたくなった。
もともと私は海の傍で育ったので
オーシャンフィーリングは海を見たときに
感じることが多いのですが
なぜだかこの頃
山に登ってみたいのです
基本的に登山などの長期間心臓に負担がかかるような
そんな動きは苦手なのですが
なぜだか最近 砂よりも土が欲しい気分なのです。
なんだろ
根を張って光合成したいのかな。
昨日から100ミリ。
今日はコレを書きたいな、と思いつつ
一日過ごしているけれど
日々のいろんなことが目の前に通り過ぎて
ここに向かっているころには
書きたかったことを忘れてしまっています
昨日は日曜日。
秋葉原で大きな事件が起きていました
「人生に失望してやった」
「誰でも良かった」
って、何を考えてんだ、あーた。
人生に失望したからと通り魔殺人というのが脈絡が無さ過ぎ。
失望して暴れたかった ならまだ話も分かるが
どうして自分の怒りやわだかまりを
何の関係も無い他人に向けようとするのだろう
色んな人は きっとそう思うに違いない
私も怒りとしてはそう
「自分の中の出来事を、何の関係も無い人に向けるなよ」
と思う
だけどきっと この容疑者(もう現行犯だから犯人でいいのかな)は
私たちが「関係の無い人」としてくくっているその「くくり」「区別」が
付けられ無かったのではないだろうか
「世の中が悪い」と思えば
自分以外の人間はみんなその「悪い世の中」の人。
自分というとても小さい世界観が出来上がっていたとしたら
その世界を脅かす社会という脅威は
自分以外の他人と同義だったのかもしれない。
日本というか
世界というのは不思議な気がする
自分という、とても小さい星の集合体のようだ
どこかの星の住人が殺人事件を起こしても
どこかの国がたとえ爆発したとしても
自分や周りの星に被害が無ければ他人ごと
そういったことが起きていたことさえ
気づかないかもしれない。
そういった小さい星の集合体が
まるで銀河系のように連なっているだけ
協力や強調なんてありはしない
だって 別の星の出来事でしかないんだから
アナウンサーの彼女が自ら命を絶ち
西の国で大地震が起こり
身近な場所で通り魔殺人事件が起きても
私たちは私たちの歩みを止めることはないし
記憶をとどめて置くことも無い
今日も私たち人間は
ニュースに流れた瞬間だけ目を奪われ
ニュースが終われば 過ぎた過去のように
自分達の星の上で ひたすらいつものように
生活をしているだけ
ニュースに流れ無い間も
事件は続いているし
人々の悲しみも続いているのに
テレビは瞬間だけを 報道する
まるで星の王子さまの世界のよう
それぞれの国に
それぞれが生きているだけ
あなたの隣の国は
今何が起こっていますか