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ことばは矢のように、あなたのこころに突き刺さる。 あやふやで不安になることばも その傷が癒えることばも。
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北先生からメールが届いて
久ぶりに古池のことを振り返ってみた。
思えば振り返りの一つ一つの事例の間が
一週間二週間ならまだしも
1年2年間隔がざらだということに気づいた。
あの頃の一年は、今より若かったにもかかわらず
あっという間に過ぎていったように思う。
そして面白いことに、あの頃私は一週間を
木曜を中心で考えていた。

週末から三日間だけはがんばろう。
あと三日頑張れば週末だ。

この繰り返しで生きてきたのです。
今考えれば不思議な考え方だなあと思う。
三日単位でしか気力が持たなかったのかも知れない。
そんな風にして嵐のように時を過ごし
気付いたら一年たっていた、という感じがします。
あの頃時間を過ごすことに、何の躊躇もなかった。
無駄に日々の時間を垂れ流していた。
明日も明後日も、今日みたいな一日が続くような
そんな気がしていたのです。

だけど本当は一生に一度しか経験できない日付を
繰り返し繰り返しているということ
ただそれがあまりに少しだけの目に見える違いで
人は一生に一度の繰り返しだということに
気がつくことが難しいのかもしれません。

あれから何年もたって
今になったらほんとうに些細な出来事や
些細な踏ん切りさえあれば良かったことが
どうして出来なかったのだろうと思う。
今思い返せば、本当に簡単な事だったのに
あの頃はものすごい壁だった。

人間時間がたたないと分からないことが
沢山あるんですよね
時間が解決することばかりではないのに。
いやむしろ
時間は何も解決してくれないのかもしれません。

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近頃試験ウィークに突入したので
時々同級生から不思議な質問が来ます。
どこ大事ですか?という質問は序の口として
この間ものすごい質問をされたのです。

「ねえねえ、薬理って薬の効く仕組みって覚えたほうがいいの?」

「・・・・・・・・・・。」

それ覚えなくてあと何覚えるんだよ!!

薬理が分からない薬剤師って
薬剤師としてどうなんでしょう?

薬の作用する仕組みが分からなくても、とりあえずピッキングして
袋に詰めて患者に渡すだけなら、確かにできる。
でもそれじゃ国家資格まで取るような、6年も大学に行って勉強するような
そこまでの仕事じゃないと思うのです
袋に詰めるだけなら、ピッキングと言って医師の指示で
「あ、それとそれ、袋入れて」という感じで色んな病院で看護師さんとかが
やっています。

薬学部2年の後半のこの時期に
「何で薬学部なのに薬理やんないといけないの」とか
「どうして作用機序覚えないといけないのだろう?」とか
そういう疑問が湧いてきちゃうところに疑問。
そしてそれを聞いてきちゃうところがさらにハテナ。
いったい薬剤師という仕事に対してどういうスタンスなんだろうか。
一度その人に聞いてみたいと思う。
薬剤師って何する仕事だと思う?みたいな。
まさか薬局で薬袋に詰めて薬の説明するだけだとか
思ってるんじゃないだろうなあ。
いや、たぶん思ってるに違いない。
臨床実習が何で必要かとか
そんなことも言っていたし。

薬学部って薬だけを学ぶところじゃないと思うんです。
化学構造からこんな薬が出来るとか
こういう反応で水に溶けるとか
そういう「化学」がやりたかったのなら化学科で十分だと思う。
でも、薬学部というのは医療系三大学部の一つで
臨床から離れられない。
臨床から離れられないということは、患者さんの薬に対して
色んな方向から多面的に考えられる知識が必要になるはず。
薬理作用なんて、薬剤師として本当に基礎の基礎だと思うのです。

そこを

「ねえ、作用機序覚えなきゃだめ?」

って言われても・・・

じゃああと何覚えて試験に臨むつもりなのか?
それをとりあえず聞かせてほしい・・・・


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何かを書けば書いたで
無理してるような気がして
何かを伝えれば伝えたで 
後になって後悔するような気がして
それが伝わったのかの確証も持てず
分からないからただ笑うしかなくて
だけど笑うことは嘘を付いているような
そんな気分になるのです
だけど一生懸命伝えたくなる。
それに何の意味もないような気がするのに。

大学で仕事モードだったら
それなりに壁があって楽ちんだけど
多分3か月持たないだろうな。
自分の存在というものが自分でも見えなくなる。
自分で自分がつかめなくなるというのは
回りに非常に迷惑をかけてしまうしね。

入口が少しでも開くと
そこのドアから入りたくなる。
その開いたドアを閉めるのが
なんだか勿体ないようなそんな気がするのです
未練なのか執着なのか
色んな事に当てはまります
人でも生活でも
そのドアをバーン!と思い切って閉めて
ドアの向こうにいる人にサヨナラと手を振って
この世界から飛んでいけたらいいのに。
すっきりするだろうなあ。
先生、どう思う?

だけど大人になると無責任すぎてそんなこと出来ない。
いや、できるんだろうけどしたくない。
人生短いのに、そのバーン!がやりづらくなる。
やってもいいはずなのに。

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久しぶりに所長のところでコーヒーを飲ませてもらった。
最近顔出すことはあっても、なかなかコーヒーまで
いただくことがなかったので
今日は「コーヒー下さい」と言って、こぽこぽ自分で淹れて
飲ませてもらいました。

なんか今日は所長に聞いてほしいことがあったのだけど
コーヒー淹れているうちに忘れてしまい
結局他愛無い話をぽつぽつしただけで終わってしまった。
(せっかく行ったのにこれでいいのか自分。)

最近人に話を聞いてもらう時に
なんだか躊躇してしまうのです
この話を聞かされた相手はどう思うだろうか、とか
聞かせた私はどんな人間に思われるかなあ、とか
それを考え出したらお気軽に鈴先生のところで
愚痴っていた自分が今では考えられない。
自分のもつ確固たる何かに対する意見もあるし
それを誰かに聞いてもらいたいけど
聞いてもらう相手には、それを聞く理由が見当たらないような
そんな気がしてしまう。

大学で気を張るのを徐々にやめるようになってから
私は元気がないんじゃありません。
もともと多分こうなんです
だけど色んな場面で私は
私以上に私にならないといけない場面があるのです。
その名残で、本当の素の自分が妙に力が入ってないような
そんな気がして違和感があるのが、ここ最近の私です。

だけどそれは多分きっと、みんなそうなのだと思います。
色んな場面でその場に合わせた振る舞いをするし
その場にあった自分になることはよくあります
それが人間の多面性というやつです。

人間は誰でも多面性を持っています
人間は紙のように、いつ誰が見ても同じように見えるものでは
決してありません。人間は立方体なのです。
私はその立方の一面に違和感があるというよりも
表から見えていた自分自身が
本当の芯に当たる自分と結構離れていたこと
それを一生懸命隠して表の部分を出していたこと
そして今になってそれが
とても違和感のあることだったと気が付いてきたのです
だから余計に所長や鈴先生と話せないのかもしれない。
今まで余計な自分を出しすぎた。

なんだか最近自分のことばかり書いてますね
以前の存在をめぐるまなざしと、なんか離れてきちゃってますけど
まあこれはこれで良しとしましょう
私は私のためにこの記録をつけているだけなのだから。


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お友達がついに開業しました。
お友達というか知り合いというか。
中学生のころ、夏期講習でお世話になった渡り鳥先生です。
2年くらい前に15年ぶりに会った時
「開業しよかな~と思ってるんだけど」と相談されて
いいんじゃない、絶対いける!と言ってから
連絡も取ってなかったのでどうしたかと思っていたら
その冬から着工してたみたいです
やっぱり一緒にご飯食べに行った時は
もう腹くくってたんだね。
開業するって。

今産科はどちらかというと減るばかりの話を聞きますが
この渡り鳥先生は本当に信念をもった病院を
建てたかったんだなと思います。
病院のホームページ見てもそう。
すごく信念を感じました。
世田谷に出来たのですが、なんだかわくわくします。
って、私がわくわくしてどうするんだ(笑)
でも、昔から思い続けていたことを
きちんとその夢がかなうように
努力を伴って叶うのは、とてもうれしいと思う。
しっかりしないとな、自分も。という気分になる。

試験までの時間がぐいぐいと迫ってきます
どうしてこんなに時間が過ぎるのが早いんだろう。
最近時間の流れに心が追い付かない気がします
そしてなんだか大学に居づらい。
私の思い過ごしかな
そうだといいんだけど。


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朝に親友の一人から電話あり。
義理の弟が列車事故で亡くなったこと
親友の父ががんで亡くなったこと
今年の始まりは失うものが多い幕開けになりました。



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どんなに理不尽で
どんなに不遇でも
どれだけ辛くても
ここにいると決めたのは
私が生きる私の「生」なら
それに言い訳したくない
それに尽きる。

生きるなら
いくらだって理由など付けられるだろう。
逆に  生きないなら
その理由だって幾らでも付けられよう

だけど自分は
職務を全うすると決めたんだ。
どんなに周りが騒がしくても
何が大切なのかを
自分まで見失いそうになっても

私は私が生きるのなら
目の前の道を一生懸命歩こう

ただひたすら
良く歩いたと納得がいくように。

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一昨日久しぶりに医師採用の面接をしました
本当に紹介会社から紹介される医師の質の悪さと
対応する会社の動きの悪さに呆れて
ここ数年は採用会社から採用しない!ということに
なっていたのですが
心療内科を外し、精神科一本でやろうということで
地区でも特色性のあるクリニックとして一本立ちすることに
なったために、ここらで医師を増やそうか、という話に
なったためです。

うちのクリニックがかなり特殊なのか
昨日まで一般外来(待っていれば必ず診察が受けられる)を
行っていて 一日100人近く診ていた先生が
明日から急にうちに来て
40~50人患者が来る訳がないのです
だって完全予約外来ですもの
しかも精神科という科の特性上
初診した先生と、先週受診した先生と
来週診察受ける先生が違うって
患者的にも違和感あると思うのですよ

どうしても完全予約だから患者の予約が入らないと
ただ単に置物のように診察室にいるしかない
患者はそうそう簡単に主治医を変えたくないんです
変えたくなるにはかなりの理由があるはずなんです

だから急に来て給料分の働きをするのは
すごく難しいクリニックなんですね、うちは
よっぽど前から準備して予約入れていかないと
作戦立てないといけないんです
じゃないとほんとに診察室の置物になっちゃいますから・・・

でもそういうのを経験してないと
どうして明日から働けないのか
患者が来ないのかが分からないみたいです

結局お互いお断り

医師探すのって難しい・・・

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なんだか気持ちが安定しない今日この頃。
周りのざわざわした気分につい流されてしまっているというか
巻きこまれてしまっているというか。
自分は自分のペース、というけれど
それは結構私にとって難しいことなのでもあるのです。
そんな私をもう一人の私は
冷静に判断したりするのですが
だからと言って何も私の場合は解決することがなく
ただ、自分のことが判るだけです。

昨日、久しぶりに所長に会いました。
なんとなくまだ気持ちの整理が付いていないのだけど
無理して笑うことにも慣れてきた気がして
ちょっとお話もしましたが
慣れてないせいかまたわけのわからないことを言ったような
気がします・・・・

黙っていれば大丈夫かと言われたら
黙っていることはとても辛くて
誰かに聞いてほしくなることがある。
私にとってそれはブログであり、誰かへのメールでもあり
直接会いに行って話すことでもあります。
どれが正しくてどれが間違いなのかは、私にはわかりません。
まだ、分からないのです。

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この間久ぶりに夢を見ました。
鈴先生とこに子供が生まれる夢。
そういえば現実的にそろそろだったな~なんて
思いながら。
(もしかしたら正夢なのかもしれないけど)

子供ってどこから来るんでしょうね
ある日突然世の中にぽん、と
自分たちの生活の中に ぽん、と現れて
そこにどうやって対応していけばいいんだろ
女性は子供とはお腹のなかにいるときから
産んだあともずっと
つながっているというけれど
男性はその徐々に、のつながりが
産まれたすぐ後にはないのだから
きっとものすごく不思議な気分になるだろう、と
思っているのですが。

ぽっ、と目の前に現れた
自分の遺伝子を持っている生き物。
私が昔通っていた塾の講師が巡り巡って今
成育医療センターで産科医をしているのですが
「赤ちゃんがいる空間とは、何とも幸せな気分になる」と
言っていました。
その人は男性なのですが、他人の子供でもそんな気分に
なれるというくらいだから
自分の子供という意識があれば
もっともっと、幸せな気分になるんだろうなと思います。

私は私の遺伝子が
いいか悪いか分からないので
まだそれを残そうとは思わないですが
高校時代の親友が次々と母になるのを見ていて
なんだか妙な感慨に浸っています

私は私が、まだ社会的に中心となる世代であるという
実感が持てないでいる
だけどいつの間にか時間がどんどん過ぎて
私はいわゆる「中年」と言われる年代になっている
なのにこの私の実感のなさ
何か大事なものを生きてる途中で
落として来たんじゃないかと思ってしまうわ。

もうすぐエンド・オブ・タームのテスト。
この薄暗い感じが何とも嫌ですね

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やっと実習試験が全科目終了してほっと一息です。
うちの院長が合格したら学費援助、といっている子は
あと試験まで数日なのですが、毎日大学へきています。
まあ、その分余裕なのかな~と思い
「大丈夫なの?大学きてて余裕ある?」と尋ねたら

「余裕全然ないけど、だって、欠席になるのヤだし 
じゃあ、もとさん私の代わりに出席カード機械に通してくれるの?」

と言い返してきたので大人げない私はカチン!と来て

「今更出席なんて別にいーじゃん!どうせ合格してやめるでしょ?」

というと、「そりゃそうなんだけど・・・」

合格するつもりなら今更うちの大学の出席気にしてどーする!
まさか落ちるつもりで受験するんじゃないだろーね?
あんなに「本気でやる!だから受験させてください!」って親に言ったのでは
なかったのか・・・それとも、今これで本気だしてるつもりなんだろうか?
大学来てる場合じゃないでしょうと思うのですが。

親でも親戚でもなんでもない赤の他人が
「本気でやります。絶対合格します」というからお金の工面を
申し出たのに
大学に毎日来て、出席気にして「本気でやってる」と言えるのだろうか。
勉強が間に合わない、と言っているのに
大学にきて講義受けてる場合だろうか?
他人のお金を借りるというのに、中途半端に見えてしかたない。
親に電話して
「お金貸してくれるって!!」と報告するのもいいけど
その前に、それほど本気だ、だからお金貸して下さいと言っておいて
不合格できないという今の状況を、彼女は本当に理解しているのだろうか。

合格するための勉強や努力の前に、お金の心配だけが先行している
ような気がするのですよ
とらぬ狸のなんとやら・・・じゃないけど。
それとも、大学に通いながら、秋口から毎朝少しずつ勉強した程度で
医学部合格するつもりなんだろうか。したらすごいけど。
どうしても、わが社からお金を借りるというのに、
本気で勉強してるようにも見えないし(大学来てるし、センターも受けるし)
なんとなーく、行動が会社や院長(お金を出してあげるよ、と言った)に対して
なんだか不誠実な気がして腹立たしいのです・・・・
中途半端な気持ちにしか見えないというか

院長に
「合格しそうな医学部があるので、本気で受験したい。でも親がお金出して
くれない。だから受験諦めないといけないです」と泣きついて
だったら優秀な高校出身だし、受験する大学もかなりランクが低いから
合格は間違いないだろうし だったらまあ先行投資 
ということでOKしたのに それなのに彼女は
不合格するつもりなんだろうか・・・・と思ってしまう
それとも、今まで何十回と不合格になって
不合格することにそれほどショックがないのか
やっぱりだめか・・・程度にしか思わないのだろうか
でも、今回の受験は彼女にとって今までの受験と違うのです
赤の他人に合格を約束して何千万という学費を頼んでいるわけですから

「すいません、大学行きながらじゃだめでした。ごめんなさい不合格です」

は許されないってことに気が付いてるのだろうか
今の大学の出席を気にしたりとか
そんな中途半端な気持ちで「本気です」が聞いて呆れるんですよ
なんだか見ててイガイガする大人げない私です・・・

やっぱり大人げないですよね・・・
分ってるんです
分ってるんですよ

でもやっぱり
本気ですと言って親や他人を巻き込んでおきながら
その行動はなんだ!と
思っちゃうんですよね・・・

あーあ。

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今日は実習試験の発表。
ドキドキしながら発表まで、明後日の最後の実習試験の勉強をしてました。
入学してしばらくは、自分の「解けた」が「正答した」とイコールだと
思っていたのですが、去年の夏の試験で
「合格ラインを発表していない試験は、満点以外は(合否は)
分からないものである」
というような考えに変わったため、今日も発表までドキドキでした。
その時は6割は超えている!と自信があったのですが
実は合格点が87点以上で
それならてんでダメダメだったので・・・
妙な自信は持たないことに改心した次第です。

結果は無事合格でほっとしました。
後は明後日の試験にパスしたら、今年度の実習試験は終了。
やっと後期試験に全力投入!です。

生きることが試練なら
私も、このブログを訪ねて来てくださるあなたにも
日々の生活には何かしら与えられた試練があると思います

私の場合は
日々目の前に与えられる薬学や、生活や、仕事
それが与えられた試練であると思います
だったらやってやろうじゃないの
逃げずに、瞳をそらさずに
それに立ち向かってやろうじゃないの。

夢や希望は、試練を乗り越えてこそ手に入れられるもの


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私のことを忘れてしまったあなたへ



あなたが脳に障害を負って

言葉を見ても声に出せなくなったとき

ずっとそばにいてあげられなくてごめん。

大事な記憶も一緒に

どこかに行ってしまった

そんなあなたに無性に腹が立ってしまった私は

本当にひどい人間でした。

私とのことを ほんの少し思い出して

私に電話をしてくれたとき

あなたにひどいことを言ってしまった。

「うぬぼれるなっ」って。

本心じゃなかったけど

それが最後の言葉になってしまった。

ごめんね。



あなたが生きていれば

それでよかったけど

出来れば私の方を

向いてほしかった。



誕生日おめでとう。



いつまでも、心から消えることはないよ。

あなたのことを、この手が、眼が、耳が

今でもずっと 覚えている。


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今大学受験をしようとしている友人がいると言っていましたが
突然

「合格してもお金がないからいけないから、受験するのやめる」
とか言いだしたので

「合格するつもりで受験勉強したんじゃないの?
なのに 受験もしないでやめるの?」

と返すと

「合格してもいけない。リーマンショックで実家の会社がやばいから、
受験費用も自分で出してって言われた。でも、岩手医大を受験すると
生活費が2万しか残らないから、それじゃ生活できないから今年はやめる」

と言ってきたので私は思わず

「えっ!?何言ってんの!
岩手医大なら問題見て受かりそうだと思ったんじゃないの?
これだ!って思ったんじゃなかったの!?
今までずっとずっと医者になりたい医学部行きたいって言い続けて
勉強もずっとして来たんでしょ?そして自分では合格しそうな大学だと
思ったのに、 そんな(下らない)理由で受験にすら行かないの?」

と返してしまいました・・・・。
これじゃあ単に、受かりそうもない状態でただ今の大学が嫌になり
勉強についていけないから現実逃避で
大学の勉強とは違う勉強をしたいだけなような
合格する自信がないけど、不合格になってショック受けたくないから
受験しない、という 言い訳にしか聞こえなかったんです。

そして彼女の一言

「うん。そうだよね。1年の集大成だよね。とりあえずセンター試験がんばる」


ちょっと待て!!

センター試験はあなたの行きたい岩手医大には関係ないでしょ!
岩手医科大学受験日はセンターの数日後なのに
あなた直前までセンター試験の勉強するつもりですか?
社会とか国語とかやってる場合じゃないでしょ
センター試験で受験直前の2日間を無駄にするのは
無駄以外の何でもないと思うし
その分岩手医科大なりもうひとつ受験したい藤田保健衛生なりの
赤本やったほうがずっとずっと現実的でしょう?

しかし
私のそういう助言は却下され
今日も彼女はせっせと「センター社会」や「センター英語」を
やってます・・・

どうしても医師になりたい、どうしても医学部に入りたいと
言っている割には
「受験して帰ってくると仕送りが2万しか残らない」
「センター試験2日間がんばる」 とか・・・

作戦それでいいのかよ!!
そんな作戦立ててたら受からないだろ!
もっと現実的に考えようよ!
それにどうしてもと固執してる割には
「受験して帰ってきてから生活費少なくなるからいかない」とか
根性なさすぎだろ!
たった仕送りまでの1週間2万円で生活するぐらいいいだろう?!
そんな理由で医学部諦めるのか!?と
ある意味腹立たしい今日この頃。

自分がやるわけではないから大きなお世話なんだけど
今いる大学の学生もそういう感じが多いので
今の学生の特徴なんだろうか?とも思う
今の学生というか、うちの大学の学生の特徴なんだろうなあ。

「勉強できるようになりたい!」
「いい成績取りたい!」
というけれども授業はさぼる、休む、バックれる。
宿題やらない。勉強はしたくない。授業には出たくない(たりぃから)。
でも出席点欲しいから出席のごまかし、宿題まる写しは日常茶飯事。
だけど、「いい成績取りたい」「薬剤師になりたい」etc・・・
世の中そんなに甘くないですよ。
何かするためには、多少なりとも「そこに辿り着くまでにはどういう方法を
取らなければならないか」を考えて行動しないといけないんじゃないの?と
もう30過ぎたおばはん学生は思うわけですよ。

それに
強く願っている人がいたら
かなえてあげたいと思うわけですよ。
なのに、親や周囲の助言を聞かずに
明らかに「それじゃダメだろ」という自分のやり方を変えずに
ただただ願ったって自分なりに頑張ったって
結果は付いてこないと思うのです。

センター試験まであと5日。
そして大学の期末試験までは、あと29日。

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RAB
父親からメール。

「このソフトインストールしたらRABが聞けるから、インストールしなさい」

って!!

おとーさん!

RABなんてもう聞きたくないし聞けないんだって!
青い森に帰る気がなくなったし
2年位帰れなくなったのはそのせいだってば!

どーしてそう私の琴線に触れることを言うのか・・・・
知らないとは言え、恐るべし家族。

今聞いたって泣くだけでしょ、どうにもならない過去と未来と今を。

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手嶋先生から年賀状が今日届きました。
良かった。元気でいるみたいです。
手嶋先生がもしこの世から居なくなったら
たぶん私は大泣きする。
そのくらい私の中で大切な恩師なのです。
だけど手嶋先生にとって私は
手のかかった生徒の一人で
しかももう15年も前に卒業している。
記憶から薄れてきてもおかしくないかもしれません。
それとも手嶋先生の中の大きな荷が
私が元気でいることによって
ひとつ、下りたのかも知れません。

いづれにしろ、きっともう私は
手嶋先生の手から離れたんだろうな。

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